竹との戦い

 この家に越してきて1年半になります。

 不動産仲介業者の営業の方と初めてこの家に訪れたとき、家の裏の敷地に竹林がありました。

 その竹林はこの家の敷地にあと一歩のところまで近づいていました。

 翌週訪れて驚きました。先週は何もなかったところに高さ2メートルを超える竹が数本そびえ立っていました。竹の生態に詳しくない私にとってその光景は信じ難いものでした。しかも距離にして約3メートル境界線を越えて侵入しているのです。たったの1週間で。中には風に揺られて壁にコツコツと当たっているものや、基礎と壁の隙間からねじ入ろうと食い込んでいるものもいます。これはまずい。

 頭の中で計算しました。いや、計算しなくてもパッと見で分かります。2,3年でこの家は竹に囲まれてしまう。

 この土地は見晴らしが良いし、築10年の割に建物の傷みは少なく立地条件も良かったので購入することに決めました。住み始めたのが6月、以前訪れてから1ヶ月半が経過しました。竹は結構増えているだろうと大体予想していましたが竹の成長はそんな予想を遥かに超えるものでした。なんとかせねばと考えていましたが、あまりいい案が無かったのでとりあえず生えてきた竹から順次ぶった切っていきました。それから2週間ほど過ぎた頃、もともと土地の境界線上に外壁やフェンスなどなく地続きだったのでどこまでが自分の土地なのか明確に知りたいと思い登記簿の図面を眺めていました。すると、以前不動産仲介業の営業の方から受けた説明では通りに面する表側の境界は電柱まで、裏は擁壁までと聞いていましたが、図面での距離感と実際見た距離感とがあまりにも合わない。図面上一番距離の長い辺は約30メートルある。50メートルの巻取りメジャーを購入し実際に図ってみることにした。

 図面の計測点と地面に埋め込まれた印を照らし合わせながらメジャーを伸ばす。まずは表の通り側。始点から次の点へ来たとき。ん?全然違う。図面では営業マンの言っていた地点から更に6メートル先にもう一つの測点があることになっている。更にメジャーを伸ばす。6メートル地点まで来たとき、あった。道路に打ち込まれた印。次にそこから裏手に向かってメジャーを図面通りに伸ばしてみる。あった。印が。そして、辺りを見渡してみるとそこは竹林を抜け出たところ。唖然とした。更に図面にある測点を全て測ってみた。なんと隣地と思っていた。竹林が自分の土地だったのです。無数に立ち並ぶ竹。何本あるのか数えるのは気が遠くなるほど。

 ある日、竹林の向こう側の隣人に尋ねたところ、5年前竹はまだ20メートル先にあったそうです。20メートル先ということは私の土地ではなくもう一方の隣地。つまり5年前まではこの土地にはまだ竹は無く隣からそれらが押し寄せてきたということになります。

 7月、8月と気温が上昇するのに合わせるように竹もぐんぐん成長し数を増やす一方です。切っても切ってもあちこちで生えては伸び、全然追いつかない。

 このままではダメだと思い調べました。薬や灯油を竹に直接注入する方法が見つかりましたが、一本一本ドリルで穴を開けて注入するとなると途方もない数です。とても現実的とは思えない。更に調べるうちに良さそうな方法が見つかりました。1メートル切りという方法です。この方法を実践している方の説明によると竹を含め多くの植物は冬になると成長を止め休眠状態になるそうです。その時をめがけて地面から約1メートルほどのところで竹を切るのです。そして、年が明け春になり気温の上昇とともに竹が目覚め成長を始めようとします。すると休眠中に切られた竹は切られたことに気づかず地下茎から水分をどんどん地上の竹へ送り切り口から溢れ出ます。そのまま地下茎の水分がなくなり枯れてしまうのだそうです。この方法だと竹は数珠つなぎになっているのでその系列の竹はみな枯れます。

 数ヶ月が過ぎ12月。気温も下がり竹は成長を止めているようです。

 その時がきた。

 竹との戦いの始まりです。

 連休を利用し一気に伐り倒す事にしました。竹の数を考えると電動工具を使おうかと思いましたが、野放しにされた竹は細いものから太いものまで密集して生えており工具の取り回しが大変で危険です。時間と労力は要しますが、安全第一と思いのこぎりで挑むことにしました。

 連休当日天気は晴天。絶好の竹斬り日和。早朝からどんどん切りました。伐り倒し枝を落とし広い場所へ運び出し、何度も何度もその繰り返し。疲労もピークになったころ日も暮れ始めて来ました。

 全て伐り倒してしまおうと考えていましたが思いの外、枝を落とすのが大変で手こずり見渡してみると全体の5分の1程度しか進んでおらず気落ちしそうになりました。しかしこれしきのことでへこたれるようでは竹に負けてしまうと思い気を取り直し次の段取りを考えるとにしました。

 ふたたび翌朝戦場へ向かいます。武器はのこぎり一本と気合いのみ。時に枯れ枝に鞭打たれ頬から血を流し、足元をすくわれ転倒。それでも歯を食いしばりまた1日が終わりました。

 次の日も、また次の日もひたすら伐り倒します。

 途中から妻の応戦があり勢いづきます。そして最終日、娘夫婦も助太刀してくれ、お蔭で全ての竹を切ることができました。

 

 あれから1年が経とうとしています。今年は数本の細い竹が生えて来ましたが、以前のような勢いは感じられません。

 この竹との戦、まだ油断はできませんがあと一歩で私の勝利だと確信しております。